『あしたのジョー』(原作:高森朝雄/作画:ちばてつや)

現在なお光を失わない、漫画界の金字塔の作品です。原作者の名義は異なっていますが同時期に同じ「週刊少年マガジン」で「巨人の星」(作画:川崎のぼる)を連載していた梶原一騎の本名(朝樹)に由来する、別のペンネームです。とても哀しい作品です。ですが、若者が敗者となる時代(学生運動華やかなりし頃の残滓)だからこそ生まれた名作でしょう。

あらすじ

東洋を代表する大都会・東京。だが、ここにも光の届かない一隅はあった。人生の底辺でのた打ち回るが如く、苦しみもがいている隻眼の元ボクサーがいた。そこへ神のきまぐれか、天涯孤独の一人の不良少年と運命的な出会いをする。その少年の天性の素質にほれ込んだ元ボクサーは彼の才能を開花させるべくあの手この手でボクシングに引き込もうとするが、少年は拒絶する。哀れな老いぼれの下らぬ夢に付き合う気は無い、と。だが生活を保障するという条件で少年は折れた。

それから元ボクサーは好きな酒を断ち、立派なジムを作るためにがむしゃらに働き始めた。ボクサーの目に狂いは無く、少年はその素質の片鱗を見せ始める。だが彼にとってはボクシングは生活の保障に過ぎず、近所の悪童達を引き連れて、おかまいなしに悪事を働き続けた。そしてとうとうマスコミを利用した詐欺事件を起こし、逮捕されてしまう。一度は脱走に成功したものの、警察の説得に耳を傾けようとしない態度に業を煮やした元ボクサーが電光石火の技を駆使して叩きのめされ、少年鑑別所へ。そこで後に無二の親友となる同僚のボクサーと出会うのだが、ここでも乱闘騒ぎを起こし独房へ監禁されてしまう。

そして裁判の結果、特等少年院への送致が決定されてしまった。そこで少年は自分を見つめる冷たい視線を感じた。その主は彼が起こした詐欺事件で多額の寄付をしてくれた大財閥の令嬢だった。自分を憐れんでいるその視線に怒りを感じる少年。だが、現実は容赦無い。先程の同僚と共に少年院へ送られる間、二人が考えているのは脱走だった。生きて世間へ戻れる保証は無い。しかし、少年院の現実は過酷で脱走などとても不可能だった。到着したその夜に早速、先輩収容生から凄惨な私刑に合い、二人は気絶する。しかし翌朝少年は監房(寮)で一番良い場所に布団を敷きつめて寝ていた。布団の枚数だけの先輩を倒して奪い取ったのだった。

凄い奴が現れたと他の収容生達は感じ取る。しかしそれは危険をも含んでいた。新参者に良いように蹴散らされた彼らが黙っているはずは無い。案の定、少年の抹殺計画が密かに練られ始めた。危険を感じた同僚は臆病者のように振る舞い、必死で少年を庇う。だが、二人は少年院の農場に付属する豚舎に連れて行かれ、豚を使った私刑が加えられた。このままでは、と思った途端に同僚はこの豚を使って少年を脱走させることを思いつく。そして見事に成功した、かのように思えた。しかし、あと一歩で門を破る寸前に精悍な一人の青年が現れ、豚達を倒してしまい、脱走は未遂で終わってしまった。

悔しさで涙を隠しきれない少年はその青年へ殴りかかる。しかし相手は事も無げに余裕でそれをかわしてしまう。青年は実は八百長と客から罵倒されたことに激怒してその相手に瀕死の重傷を負わせ、無期限の資格停止処分を不服として暴力沙汰を起こしていた大物ボクサーの卵だったのだ。それでも少年は元ボクサーからの葉書で伝授されたボクシング技術を思い出し、一矢を報いた。思いがけない反撃を食った大物は戸惑うものの、少年が必殺パンチとして繰り出したアッパーカットをかわし、威力満点のカウンターパンチを見舞って少年の動きを封じた。圧倒的な力の差は歴然だった。手当てを受けて反省房へ監禁された少年は初めて敗北を認めて、闘志を燃やす。

奴を倒してやるのだ、との。それは大きな目標となった。自分の手で元ボクサーへボクシングの技術を教えろと便りを送り、それに応えるために元ボクサー達は彼が収容されている少年院へ向かう。だが、規則で肉親以外の面会は厳禁されており、途方に暮れてしまった。そこへ現れた救いの女神はあの令嬢だった。彼女は慰問のための素人劇団を携え、元ボクサーと悪童達を少年にある手段を使って面会させることにした。規則では反省房から当分出られない少年だったが、令嬢の特別の頼みが功を奏して観劇の席へ連れて来られる。彼女の好意が優越感による偽善行為だと罵倒した少年は周囲の憎しみを増幅させるが、その場は何とか収まった。

劇が再開され、舞台の上には悪童達や元ボクサーの姿もあった。しかし、それは芝居の臨場感を増す趣向のために実際に元ボクサーが鞭で打たれているという衝撃の場面であった。自分のために苦労してここへ訪れた知人の無様な姿を目にして少年は激怒し、再び令嬢を罵倒して客席から姿を消そうとした。そこへ声をかけた主は大物だった。お前は侮辱してはならない人を侮辱した。大物の素質を惜しんだ令嬢の祖父が全面的に協力して彼をプロのリングへ戻す計画があり、孫娘もそれに協力しており、大物と彼女は個人的なつながりがあったのだ。そう言い残して二人は乱闘寸前に。だが二人を止めようとした令嬢に大物が目を奪われた瞬間、少年の容赦の無い複数のパンチが炸裂し、さしもの大物もダウン。少年の行為に激怒した令嬢は彼の頬を叩いたが、それは少年の怒りを増幅させるだけだった。そこへ立ち上がった大物が意を決して周りに言い放つ。誰も手を出すな、と。再び死闘が始まろうかとした瞬間、元ボクサーが一つの提言をした。

ボクシングでけりをつけて見ろ。これは喧嘩じゃない立派なスポーツなんだから。この言葉に賛同した令嬢は全面的な協力を約束し、少年院の教官達も同意せざるを得なくなった。期日は一週間後の同じ日曜日。今すぐにでも決着をつけたい少年は不満顔だっが、元ボクサーは少年の絶対的な不利を瞬時にして悟り、ある必殺の技を正しく骨身を削る決意で、流血を伴う手段で直伝したのだった。それを身で受けた少年はその場で倒れ伏し、しばらくして伝授した主の元ボクサーも口から血を滴らせて倒れた。その姿に底知れぬ不気味さを感じた大物だったが、その真意を見事に看破していた。

少年は数日間、廃人のような状態だったが親友となった同僚の手当ても有って徐々に回復した。だが少年は秘技の練習相手欲しさに彼を叩きのめしてしまい、さらに医務室から脱走した。少年の悪業に業を煮やしていた他の収容生達は公然と少年に暴力を振える好機だと追いかけるが、追い付いた教官達が目にしたのは全員が失神している姿だった。少年のパンチは恐るべき力となった。だが、冷静な目で大物は見ていてある確信を抱いていた。

大物も少年の殺人パンチに対抗するため、恐怖の特訓を行った。その相手は何と農場の暴れ牛だったのだ。巨体を荷車で獣医の元へ運ばれるその姿を見て、少年の野性の本性は恐ろしい真実を的に感じ取った。やはり恐ろしい相手だ。そして日曜日。組み立てられて行くリングを眺めながら、二人の闘士は運命的な勝負に臨もうとしていた。そして高らかにゴングが鳴った。

この後、プロに復帰した大物を追って主人公もプロボクサーとなりますが、その紆余曲折や、結果としての大物のリングでの死、それに伴う主人公の心の葛藤と精神的な後遺症、旅回りのボクサーにまで一度は落ちぶれるもの、新たなライバルの出現いいる不死鳥のような回復、さらにそのライバルをも廃人としてしまった神のような世界チャンピオンとの王座を賭けた死闘へと続きます。

男の見事な敗北、言い方が少し変ですが、正直それを痛感させてくれた作品です。骨太の内容が当時の青少年達の心を鷲掴みにしたことは疑いのない事です。私は連載当時は特に読んだ思い出有りませんでしたが、連載終了の数年後に兄の本棚でこの作品と出会いました。これも運命でしょうか。ここ暫く忘れていた男の本能が改めて沸き起こる気がしました。